農研機構中央農業総合研究センター
「水田放牧の手引き」普及版を作成

 農研機構中央農業総合研究センターは、水田放牧に適した牧草や飼料イネ等を組み合わせた通
年放牧体系を開発し、生産者及び普及指導者向けの「水田放牧の手引き」を作成し、ポイントを要約した普及版も作成した。この手引きでは営農レベルでの実証を通して、水田放牧によるコスト低減や繁殖成績の向上、規模拡大効果等を具体的に示すとともに、水田放牧を行う際の注意点も示している。水田を利用した省力・低コストの肉用子牛生産の推進に活用できる。
 「水田放牧の手引き」の概要は、イタリアンライグラスやバヒアグラス等の牧草と「たちすずか」等の茎葉型飼料イネ専用品種、イネWCS(稲発酵粗飼料)を組み合わせることにより、繁殖牛の約7か月間の通年放牧飼養が可能になっている。通年7か月間の放牧飼養により、栄養状態と繁殖成績は向上し、飼養管理の省力化とコスト低減、規模拡大が図れる。また、放牧に伴うリスクとその低減方策、衛生管理上の留意点などについても紹介している。

LinkIcon「水田放牧の手引き」は、下記のWebサイトからダウンロードできる。
 http://fmrp.dc.affrc.go.jp/publish/other/paddygrazing/index.php なお、冊子体を希望の方は研究担当者へFax(029-838-8414)に申し込む。
 研究の背景と経緯は、生産調整水田1)など水田を利用した放牧は、飼料自給率の向上に寄与するとともに省力的な生産方式として、これまでも生産現場で用いられて来たが、飼料生産量の制約等から放牧期間が限られるなどの課題があった。
 また、農地中間管理機構の設立などにより、今後、担い手経営への農地集積が進展する見通しだが、中山間地域などは小区画の水田圃場が多く、担い手経営が限られる地域においては、放牧を用いた家畜生産の展開も有効な農地利用方法の一つとして期待される。
 このような中でこれらの課題を解決し、水田でより効率的な放牧及び家畜生産を行うには、水田放牧に適した草種の選定やその放牧利用における管理技術の開発が必要になる。更に季節により異なる放牧飼料を考慮した放牧飼養指針、水田放牧に伴う感染症、事故発生のリスクや環境への配慮も必要になる。
 そこで農研機構では、牧草と飼料イネ等を組み合わせ、水田での通年放牧を営農レベルで実践しつつ、技術開発及び課題解決に向けた実証研究に取り組んで来た。そして得られた成果を広く活用して頂くために、既刊の「水田放牧の手引き」に加え、ポイントを要約した普及版も作成した

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(図1)「水田放牧の手引き」

その研究の内容・意義は次の通り。
1. 水田で十分な飼料を確保し、長期間、安定的に放牧飼養を行うため、イタリアンライグラス等の耐湿性の強い寒地型牧草
2) とバヒアグラス等の暖地型永年生牧草
3) 、「たちすずか」等の茎葉型飼料イネ専用品種
4) を計画的に栽培し順次放牧利用する技術を開発した。これらにイネWCS
5) による冬季屋外飼養も組み合わせることで、妊娠確認後から分娩前の繁殖牛を季節に関わらず、約7か月間の放牧飼養可能な体系を開発した

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(図2)牧草と飼料イネを組み合わせた水田通年放牧体系

2. この通年放牧体系のもとでの約7か月間の放牧継続により、退牧時の体重は入牧時より60kg前後増加し栄養状態が向上することが分かった

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(図3)放牧中の繁殖牛の体重推移

この結果、実証農家では通年放牧導入後、分娩間隔は約360日、子牛の生時体重は33kg以上の高い水準に達するなど繁殖成績は向上した

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(図4)水田通年放牧実証経営の繁殖成績の推移

3. 一方、水田放牧にはリスクも伴う。6年間の延べ9万日・頭の放牧実績をもとにリスク評価を行った結果、水田放牧では、放牧初期の牛の脱柵や栄養低下、入牧・捕獲・移動時の管理者の怪我、夏季放牧時の熱射病や感染症、冬季放牧時の栄養低下や中毒症への注意が必要。また、水田放牧は、生物多様性に正の影響を及ぼす一方、アメリカオニアザミ等の外来植物の非意図的侵入要因になるが、これら牛の不食植物は水稲作との輪換等により抑制することができる。
4. イネWCSを主に給与する舎飼飼養や飼料イネ(立毛)による水田放牧飼養は、水稲作(メタン発生)等の影響で温室効果ガスの発生量は多くなるが、水田放牧飼養は舎飼飼養と比べて飼料の運搬や排せつ物管理の過程で発生する温室効果ガスが少なくなる(図5)。牧草主体の放牧飼養期間が長いほど子牛生産に伴う温室効果ガスの発生量を抑制することができる。
5. 牧草や飼料イネを利用した水田放牧により、飼料の収穫運搬や給与、家畜排泄物の処理作業が削減され、繁殖牛の飼養コストは低減する

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(図5)飼養方法と飼料による温室効果ガス発生量と飼養コストの比較

その結果、実証農家では耕種経営と連携した水田通年放牧により、牛1頭あたり飼養管理が78時間から42時間に削減され、経営全体の労働時間を節減しながら牛舎の増設なしに、飼養頭数を51頭から85頭に拡大できることが実証された。
今後の予定・期待では、生産者や普及指導者が水田を利用した畜産経営モデルや水田作経営モデル、地域水田農業ビジョン等を策定する際や省力・低コストの肉用子牛生産の推進に活用することが期待される。今後も普及事例等を追加し、改訂していく予定である。

〈用語の解説〉
1)生産調整水田;米の需給調整政策に基づき、食用米以外の作物の作付等をする水田、転作田。
2)寒地型牧草;比較的冷涼な季節、地域で生育する牧草で、生産調整水田でも排水条件が良ければ栽培可能である。南関東以南では、3月中旬から5月中旬頃までの水田放牧用の寒地型牧草として、栄養価や嗜好性が優れ、耐湿性の比較的高いイタリアンライグラスが広く利用されている。
3)暖地型永年生牧草;気温の高い季節、地域で生育する牧草で、放牧用にバヒアグラスやセンチピードグラス等が用いられ、排水条件の良い水田での放牧にも利用されている。定着すれば関東では5月中旬から10月下旬まで放牧利用可能である。
4)茎葉型飼料イネ専用品種;飼料用に育成された、穀実に対して茎葉の比重の多い専用品種。「たちすずか(極晩生種)」のほか、「タチアオバ(極晩生種)」、「たちすがた(中生種)」、「たちはやて(早生種)」などがある。飼料イネは、飼料用とうもろこしや牧草の栽培が困難な湿田でも栽培可能で、倒伏にも強い。
5)イネWCS(稲発酵粗飼料);イネホールクロップサイレージ。飼料用のイネを黄熟期に、穀実と茎葉を一緒に専用の機械等で収穫し、ラップフィルム等で密閉し、乳酸発酵させた飼料。
この件に関するお問い合わせ先は、農研機構 中央農業総合研究センター企画管理部情報広報課
担当者根本康夫まで(電話029-838-8421 FAX029-838-8858)