2019.11.12(火)

多収でβ-グルカンが多い"もち性大麦(もち麦)"

新品種「きはだもち」(研究成果)、関東~東海地域向け

栽培しやすく食感も良好(農研機構)

   農研機構は「機能性成分」である水溶性食物繊維 β-グルカン 1) を多く含む もち性大麦(もち麦) 2) の新品種「きはだもち」を育成した。関東から東海地域向けの 皮性 3) 六条大麦 4)だ 。多収で オオムギ縞萎縮病 5) に強い 穂発芽 6) しにくい、倒伏しにくいという特徴がある。またもち性で食感も良好だ。国産もち性大麦の生産拡大に貢献するとともにもち性大麦を活用した町興しや、6次産業化によるもち性大麦の生産、加工、販売を中心とした地域農業の活性化に貢献すると期待される。
   新品種「きはだもち」は、食感が良く、水溶性食物繊維のβ-グルカンを多く含むもち性大麦(もち麦)の需要が急増している。しかし、需要の急増に対して国内でのもち性大麦の生産量が圧倒的に不足しているため、現在、需要量の約9割が外国からの輸入麦で賄われている。消費者の根強い国産志向に応え、もち性大麦の国内生産の拡大を図るためには、病害に強く、従来の一般的なうるち性大麦と同等以上の収量を持つもち性大麦品種の育成が重要だ。
   農研機構次世代作物開発研究センターが育成したもち性大麦の新品種「きはだもち」は、大麦の重要病害であるオオムギ縞萎縮病に抵抗性を持つとともに、穂発芽しにくく、耐倒伏性に優れており、既存のもち性大麦品種と比べて多収だ。また、もち性大麦品種の中でもβ-グルカン含量が高く、食感も良好である。
   栽培適地は主に関東から東海地域の無雪地帯で、千葉県と栃木県内で栽培が始まっている。もち性大麦を原料とした各種製品の開発による町興しや6次産業化による地域農業の活性化に貢献することが期待される。
<関連情報>
予算:運営費交付金
品種登録出願番号:第33420号(平成30年10月9日出願、平成30年12月25日出願公表)
問い合わせ先など
研究推進責任者 :  農研機構次世代作物開発研究センター所長 佐々木良治
研究担当者 :  同麦研究領域 塔野岡卓司 
広報担当者 :  同研究推進室長 柳澤貴司
 
   さて新品種育成の背景についてふれると、もち性大麦は水溶性食物繊維β-グルカンを含み、健康機能性に関与し、効果があることが着目されてきた。2014年6月にもち性大麦のメタボリックシンドローム改善効果についてテレビ番組で報道されて以来、大麦、特にもち性大麦の優れた健康機能性が広く知られるようになった。以来、テレビ、新聞、雑誌等のマスメディアにおいて、もち性大麦の健康機能性が取り上げられる機会が増え、2016年頃よりその消費量が急増している。
   しかし、それ以前はもち性大麦は知名度が低く需要がごく限られていたため、国内では実用的な品種の数が少なく、作付けも一部の地域に限られていた。現在、関東地域では裸性の二条大麦品種「キラリモチ」が最も多く作付けされているが、同品種は 精麦 7) の品質が優れ、炊飯後も変色しにくいという優れた特性を持つものの、関東地域で栽培されている他の大麦品種と比べて収量が少なく、品質や収量の低下に影響を及ぼす穂発芽をしやすいという欠点があった。そこで農研機構次世代作物開発研究センターでは、関東から東海地域向けで多収で穂発芽しにくく、栽培しやすいもち性大麦品種の育成を目指してきた。
               新品種「きはだもち」の特徴
   多収で耐病性を持ち、β-グルカン含量の多いもち品種の育成を目標として、β-グルカン含量の高いもち性品種「Azhul(アズール)」に、多収で栽培性が優れるうるち性の「東山皮101号(のちの「シルキースノウ」)」を2回交配した組み合わせから、新品種「きはだもち」を育成した。「きはだもち」は以下に示すような特徴がある。
<主な特徴>
①六条大麦の皮麦で、栽培適地は主に関東から東海地域の無雪地帯。
②「キラリモチ」より粒が小さいものの、整粒歩合が高く収量は多い。関東地域で栽培されている多収のうるち性品種「シュンライ」と比べても収量が多い( 表1 )。
③国内で発生しているオオムギ縞萎縮病の主要なウイルス系統であるI、II、III型に抵抗性( 表2 )。
④穂発芽性は"難"で、"極易"の「キラリモチ」よりも優れており、穂発芽が発生する危険性が少ない( 表2 )。
⑤赤かび病には"弱"で( 表2 )、六条大麦の防除基準に従って適期防除を徹底する必要がある。
<その他の特徴>
①現在、関東地域でもち性品種として最も普及している「キラリモチ」と比較して、出穂期で4 日、成熟期で2日遅い中生品種で、稈長は8cm程度長いが、耐倒伏性に優れる( 表1 )。
硝子率 8) は低く、搗精時間は「キラリモチ」よりも長く、精麦の黄色みがやや強くて、精麦白度はやや劣る( 表3 写真2 )。 また関東地域に多い黒ボク土の畑で栽培すると、「シュンライ」等のうるち性大麦ではたん白質含量が高くなりすぎて硝子質粒の発生が多く精麦白度が低下するがもち性の「きはだもち」は「キラリモチ」同様に、たん白質含量が高くなっても硝子質粒が発生しにくく精麦白度も高い( 表3 )。
③原麦、精麦とも「キラリモチ」よりもβ-グルカン含量が多い( 表3 )。
④精麦の黄色みがやや強いため、炊飯麦の白さはやや劣るが、うるち性品種「シュンライ」と比べると炊飯麦は柔らかく粘りがあって、「キラリモチ」と同様に食感が優れる( 図1 )。なお「キラリモチ」と異なり、炊飯後に保温状態にしていると茶色く変色しやすい。
           本品種の栽培、利用に当たっての留意点
   大麦を消費者向けに販売する場合、搗精(とうせい)する必要がある。大麦は精米機では搗精することができないため専用の搗精機が必要だ。そのため大麦の生産においては、搗精機を所有する加工会社(精麦会社)と播種前契約を結び、生産物をそこに販売するのが一般的だ。従って6次産業化でのもち性大麦の生産、加工、販売に取り組む場合は、搗精機を購入するか、搗精加工先を確保するなど、販売計画とともに予め事業計画を立てた上で生産に取り組む必要がある。
   品種の名前の由来は、精麦の外観がやや黄色みを帯びており、黄蘗色(きはだいろ)を連想させるもち性大麦ということで、「きはだもち」と命名した。今後の予定•期待では、ふるさと納税の返礼品として、あるいは道の駅や地元スーパーマーケット等での直売所で精麦を販売するため、千葉県内の農事組合法人、営農組合が生産に取り組み始めており、2019年産では合計3haで作付けされ、単収600kg/10aを超える高収量を達成している( 写真3 )。この他に栃木県内でも1.7haの作付けが行われている。
   「きはだもち」の栽培しやすく収量を確保しやすい、機能性成分β-グルカンが多いという優れた特徴を活かして、もち性大麦を活用した町興しに取り組みたい自治体や、6次産業化でのもち性大麦の生産、加工、販売を計画しているJA、農事組合法人や営農組合等への普及が想定され、地域農業の活性化に貢献すると期待される。
   11月20日~22日には東京ビッグサイトでアグリビジネス創出フェアが開催されて、農研機構の展示ブースでは「おいしい! ヘルシー! 農研機構のもち大麦」と銘打って、もち性大麦の試食を行う。また12月5日にはさいたま市のソニックシティで「農研機構マッチングフォーラムin関東」でもち大麦の新品種開発や多収栽培法、加工•販売等の取り組み等について紹介する。更に実物•ポスターの展示や技術相談の場を設ける。
原種入手先に関するお問い合わせ先
農研機構次世代作物開発研究センター研究推進部研究推進室渉外チーム
Tel 029-838-8942 / Fax 029-838-7408
利用許諾契約に関するお問い合わせ先
農研機構本部 知的財産部 知的財産課 種苗チーム
Tel 029-838-7390 / Fax 029-838-8905
 
<用語の解説>
β-グルカン
   直鎖状に連なったぶどう糖(グルコース)が規則的に分岐する構造を持つ多糖で、食後血糖値を上げにくくする、血液中のコレステロールの量を適正化する、内臓脂肪を減らす、便秘を改善するなどの機能性を持つことが、ヒトでの試験で実証されている。欧米などでは1日当たり3グラムの摂取で効果があるとする健康強調表示(ヘルスクレーム)が認められている。日本でも大麦のβ-グルカンを関与成分とする機能性表示食品が市販されている。
もち性大麦
   米と同じように大麦にもうるち性ともち性がある。もち性大麦はうるち性大麦に比べて、炊飯すると柔らかくて粘りがあって食感が優れており、β-グルカンもうるち性大麦の1.5倍程度多く含むという特徴がある。もち性大麦は日本でも古くから栽培されていたが、数年前まではあまり注目されず、生産量もごく限られていた。
皮性
   大麦には穀皮が種子に貼り付いていて脱穀しても外れない皮麦と、貼り付いていないため脱穀時に容易に外れる裸麦がある。前者を皮性、後者を裸性と呼ぶ。「きはだもち」は皮性で、現在、関東地域でもち性品種として最も普及している「キラリモチ」は裸性だ。皮麦・裸麦とも、麦ご飯などに利用される。
六条大麦
   大麦には穂の形態によって六条大麦と二条大麦がある。穂の軸の片側に3つの穀粒が実るものが六条大麦、2つが退化し中央の1つのみ実るのが二条大麦で、穀粒は穂の軸に対して左右両側に実るため、穂を上から見ると、六条大麦では六列、二条大麦では二列が実っているように見える。「きはだもち」は六条大麦で、現在、関東地域でもち性品種として最も普及している「キラリモチ」は二条大麦である。
オオムギ縞萎縮病
   大麦の重要病害の一つで、土壌中に生息する原生動物ポリミキサ菌が媒介するウイルス病。これに冒されると、葉にモザイク状の黄色い病斑が現れ、株が萎縮し、収量が大幅に減る。土壌消毒では抑えることが難しいため、抵抗性品種を栽培するのが現実的で最も効果的な対策だ。
穂発芽
   穀粒が収穫前で穂に付いた状態のままで発芽してしまう現象のことで、穀粒の完熟後に穂が雨で濡れてしまうことで発生する。穂発芽のしやすさには品種によって差がある。穂発芽を起こした穀粒はでん粉が分解され、胚乳がもろくなり搗精時に砕けやすくなるため、精麦原料として使用できなくなる。また農産物検査では穂発芽した穀粒は被害粒に分類され、被害粒の混入が一定の割合を超えると、一等・二等に格付けされず、規格外になる。
精麦
   大麦を食用とする場合、穀皮や糠を取り除くための精白が必要になる。大麦を精白することを搗精、搗精した大麦穀粒のことを精麦と呼称している。大麦の穀粒は、皮麦の場合は穀皮が種子に貼り付いていることと、大麦の種皮は米に比べるとずっと硬いので、精米機では搗精することができず、やすりを回転させて穀粒を削る搗精機が必要だ。
硝子率
   大麦の硝子質粒、半硝子質粒、粉状質粒の割合のことである。粒を切断し、切断面を観察することで判定する。半透明で硝子状の部分が切断面の70%を超える粒を硝子質粒、30%以上70%以下の粒を半硝子質粒、30%を下回る粒は粉状質粒だ。硝子率(%)=(硝子質粒数+半硝子質粒数×0.5)/供試粒数×100で計算される。硝子率が多いと精麦品質の低下につながると言われている。また、経営所得安定対策における品質評価基準が定められており、一定以上になると生産者の所得に影響があるので重要な項目となる。
 
<参考図>

写真 1 穂揃期の「きはだもち」の草姿
 
 
表1「きはだもち」の生育特性、収量性および子実特性

表2「きはだもち」の病害抵抗性、障害耐性

表3「きはだもち」の品質特性

写真2「きはだもち」の原麦(左)と精麦(右)

 
写真2「きはだもち」の原麦(左)と精麦(右)

図1「きはだもち」炊飯麦の食味官能評価

 
写真 千葉県内の生産者における「きはだもち」の生育状況(2019年産)
左:農事組合法人A(単収611kg/10a)、右:B営農組合(単収673kg/10a)