2020.11.10(火

4種の重要病害に強いトマトを作出

強くなる仕組みを調べ、防除方法の開発を

目指す(農研機構)

   農研機構は、イネの病害抵抗性遺伝子BSR2(ビーエスアールツー)を導入することにより、4種の重要病害( 灰色かび病 1)苗立枯病 2)青枯病 3)斑葉細菌病 4))に強いトマトを作出した。今後はBSR2遺伝子によって病害に強くなる仕組みを調べ、トマトに限らず多くの作物に対する防除方法の開発を目指す(研究成果)。
   トマトは世界でも生産が多く、国内の産出額は2,367億円(農林水産省統計部『平成30年生産農業所得統計』より)で、最も産出額の大きい野菜だ。しかしながら、灰色かび病をはじめ、多くの病害による生産量減が国内外で問題になっている。
   農研機構は、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所と共同で、イネのBSR2遺伝子を遺伝子組換え技術によりトマトの植物全体で強く働かせると、4種の重要病害(灰色かび病、苗立枯病青枯病、斑葉細菌病)に強くなることを室内実験で見出した。また、トマトの植物体や果実の外観については、大きな違いは認められなかった。
   今後は、BSR2遺伝子によって4種の病害に強くなる仕組みを調べ、トマトに限らず多くの作物に応用可能な、新たな防除方法の開発を目指す。この成果は2020年8月9日に国際誌「Plant Cell Reports」に掲載された。
<関連情報>
   予算:農林水産省農林水産業•食品産業科学技術研究推進事業(29004A)H29、生物系特定産業技術研究支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(29004A)H30-31、科学技術振興調整費「イネ完全長cDNAによる有用形質高速探索」H17-19、科研費(JP20H02953)R2-
    特許:登録特許第6210603号
問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構生物機能利用研究部門 研究部門長 吉永 優
研究担当者 : 同植物•微生物機能利用研究領域 ユニット長 森 昌樹
広報担当者 : 農研機構本部広報部広報課 後藤 洋子
 
<詳細情報>
開発の社会的背景
   トマトの灰色かび病の発生面積は2,477ヘクタールで、トマトで最重要の病害の1つです(農薬要覧2019より)。トマトではビニールハウス等での施設栽培が広く行われているが、灰色かび病は、湿度の高い施設栽培で特に問題になっている病害だ。灰色かび病に対し十分な抵抗性を示すトマトは知られておらず、その対策は換気などの栽培管理や殺菌剤による防除に頼っていることから、抵抗性品種の開発や新たな防除方法の開発が望まれている。同様にトマトの重要病害である青枯病や苗立枯病についても、十分な抵抗性を示すトマトは知られていない。
研究の経緯
   農研機構はこれまでに、理化学研究所環境資源科学研究センター、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所との共同研究で、イネから糸状菌病の紋枯病に強くなる遺伝子BSR2を発見した(農研機構2019年3月4日プレスリリース「イネ紋枯病等に強くなり、かつ花が大きくなる遺伝子を発見」)。
   また、イネに加え、実験植物であるシロイヌナズナでも、BSR2遺伝子を強く働かせると、2種類の糸状菌病と1種類の細菌病に強くなることを報告した。そこで今回、重要病害抵抗性トマトの開発や新たな防除方法の開発に活かすため、イネBSR2遺伝子をトマトに導入し、その効果を調べることにした。
研究の内容•意義
1.遺伝子組換え技術によりトマトの品種「マイクロトム」にBSR2遺伝子を導入し、植物全体で強く働かせると、導入前のトマト(原品種)と比べて、2種類の糸状菌病(灰色かび病及び苗立枯病)に強くなる(抵抗性を持つ)ことを室内実験で見出した( 図1)。さらにBSR2遺伝子を強く働かせたトマトは、2種類の細菌病(青枯病及び斑葉細菌病)にも強くなることがわかった( 図2)。
2.上記の組換えトマトは、原品種と比べて植物体や果実の外観については、大きな違いは認めらなかった。
今後の予定•期待
   今後はBSR2遺伝子によってトマト等の植物が複数の病害に強くなる仕組みを調べるとともに、BSR2タンパク質が生産する低分子化合物を同定し、灰色かび病等の重要病害に有効な新たな防除方法の開発を目指す。また、これらの病害はトマト以外の多くの作物でも問題になっており、この化合物を利用することで、多くの作物で病害の発生抑制が可能になると考えている。
用語の解説
(トマト)灰色かび病
   トマトの葉や果実で病斑部に灰色のかびを生じている。病原糸状菌の灰色かび病菌(Botrytis cinerea)により引き起こされる。なお同菌はトマト以外でもナス、ピーマン、キュウリ、イチゴ、レタス、シクラメンなど多くの作物に被害をもたらす。
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(トマト)苗立枯病
   トマトの発芽不良、発芽後の立枯れを引き起こす。リゾクトニア菌(Rhizoctonia solani)とピシウム菌(Pythium vexans)の2種類の病原糸状菌が関係する。本研究ではリゾクトニア菌によるトマト苗立枯病を対象にした。なお、同菌はトマト以外でもイネ、キャベツ、キュウリ、タマネギ、ナス、ピーマンなど多くの作物に被害をもたらす。
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(トマト)青枯病
   トマトの葉がしおれ、株ごと青枯(緑色のまま枯死)状態になる病気。病原細菌の青枯病菌(Ralstonia pseudosolanacearum)により引き起こされる。なお同菌はトマト以外でもナス、ピーマン、ジャガイモ、タバコ、ダイコン、イチゴなど多くの作物に被害をもたす。
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(トマト)斑葉細菌病
   トマトの葉に斑点を生じる。病原細菌のシュードモナス菌(Pseudomonas syringae pv. tomato DC3000)により引き起こされる。
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発表論文
Enhanced resistance to fungal and bacterial diseases in tomato and Arabidopsis expressing BSR2 from rice
Satoru Maeda, Naoki Yokotani, Kenji Oda & Masaki Mori
Plant Cell Reports (2020) 39:1493-1503 DOI: 10.1007/s00299-020-02578-0
 
参考図図1 BSR2

図1 BSR2 遺伝子を強く働かせたトマトの糸状菌病抵抗性
(a)BSR2遺伝子導入前のトマトでは灰色かび病菌を接種した葉で褐色の病斑が広がるが、BSR2
  を強く働かせたトマトの葉は鮮やかな緑色のままだ。
(b)播種1月後の苗に苗立枯病菌を接種した場合、BSR2遺伝子導入前のトマトに比べ、BSR2を強
  く働かせたトマトでは生存率が4倍以上高くなっていた。

図2 BSR2 遺伝子を強く働かせたトマトの細菌病抵抗性
(a)播種1月後の苗に青枯病菌を接種した場合、BSR2遺伝子導入前のトマトに比べ、BSR2を強く
    働かせたトマトでは生存率が2倍以上高くなっていた。
(b)播種5週後の苗に斑葉細菌病菌を接種した場合、BSR2遺伝子導入前のトマトに比べ、BSR2を
    強く働かせたトマトの葉では細菌数が1/4以下に減少していた。