2021.05.04(火)

地球温暖化に適応した生産性の高いイネを作り出すことに成功

高温環境におけるイネの光合成機能を増強し、イネの生産性を

25%向上させることに成功(東京大学)

   近年の温暖化による地球規模の環境劣化や開発途上地域での爆発的な人口増加などにより、食糧の安定供給は人類にとって最も重要な課題になると考えられている。作物の生産性は、葉で行われる光合成能力と密接に関連している。
   地球の年平均気温が1℃上昇するごとに世界のイネの収量は17%減少すると報告されており、これには高温による光合成能力の低下が関与していると考えられる。近未来に懸念される地球温暖化による食糧危機を乗り越えるためにも、高温耐性作物の開発は必須だ。
   東京大学大学院農学生命科学研究科 矢守航准教授らの共同研究によって、光合成のCO2固定酵素であるルビスコと、ルビスコの活性化を促進する酵素であるルビスコアクチベースを増強した二重形質転換体イネを新たに作出し、野生型イネと比較して高温環境における光合成速度を約20%
最終的な植物体重量を約26%向上させることに成功した。
   発表者はQu Yuchen(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 博士課程2年生)迫田和馬(日本学術振興会特別研究員PD)、寺島一郎(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)、矢守航(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 准教授)。
   発表のポイントは、光合成は植物の生産性を決定する最も重要な代謝だが、高温ストレスの影響を受けやすいという弱点がある。高温に対する光合成応答機構が複雑なことから、地球温暖化を見据えた高温耐性作物の開発は遅れているのが現状だ。
   本研究では光合成のCO2固定酵素ルビスコと、ルビスコの活性化を促進する酵素ルビスコアクチベースを増強した二重形質転換体イネを作出することで、高温環境における光合成能力を向上させ、植物体重量を約26%向上させることに成功した。この研究成果は、近未来に予想される温暖化環境において高い生産性を示す作物の育成に貢献することが期待される。
<発表概要>
   近年の温暖化による地球規模の環境劣化や開発途上地域での爆発的な人口増加などにより、食糧の安定供給は人類にとって最も重要な課題になると考えられている。作物の生産性は、葉で行われる光合成能力と密接に関連する。地球の年平均気温が1℃上昇するごとに世界のイネの収量は17%減少すると報告されており、これには高温による光合成能力の低下が関与していると考えられる。近未来に懸念される地球温暖化による食糧危機を乗り越えるためにも、高温耐性作物の開発は必須だ。
   東京大学大学院農学生命科学研究科 矢守航准教授らの共同研究によって、光合成のCO2固定酵素であるルビスコと、ルビスコの活性化を促進する酵素であるルビスコアクチベースを増強した二重形質転換体イネを新たに作出し、野生型イネと比較して高温環境における光合成速度を約20%最終的な植物体重量を約26%向上させることに成功した(図1)。
   植物の光合成は私たちの食料ばかりでなく、地球のほぼ全ての生命の究極のエネルギー源だ。種々の用途に使われるバイオマスを供給し、私たちの呼吸に必要な酸素を供給する意味でも、非常に重要な反応だ。今後は近未来に必至の温暖化環境において光合成が抑制されるメカニズムの全貌を解明し、その対策を講じることで光合成効率の改善を可能にしなければならない。それが基礎となって、バイオマスや食料増産、地球レベルの大気中CO2濃度の削減につながることが期待される。
<発表内容>
   世界人口が今後も増え続けると予想される中、増大する食料需要に応え、将来にわたって食料を安定供給していくことは、世界的な重要課題となっている。また、地球温暖化は作物の生産性を低下させるため、持続可能な食料の安定供給のためには、高温耐性作物の開発は不可欠だ。
   高温による作物の生産性の低下は、光合成システムの障害を通じて起こる事が知られている。特にCO2固定酵素であるリブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ•オキシゲナーゼ(通称ルビスコ)の不活性化は、高温環境における光合成能力低下の主な要因だ(Yamori et al. 2014 Photosynthesis Res.)。
   しかし、植物には不活性化したルビスコを再活性化するルビスコアクチベースという酵素も存在する。高温条件で植物の光合成能力が低下する要因は、不活化したルビスコがアクチベースによって再活性化されないこと、つまりアクチベースが失活するためであると考えられている。
   これまでの研究において、高温環境における光合成能力の改良のために、アクチベースを高発現する形質転換体イネを作成し解析したところ、予想に反してアクチベース量の高発現に伴ってルビスコ量の特異的な減少が引き起こされ、その結果、光合成能力が低下してしまうことが明らかとなっていた。
   そこで矢守准教授らは、遺伝子発現パターンの異なる二つのプロモーターを用いて、ルビスコと、アクチベースそれぞれの遺伝子を同時に導入することで、ルビスコ量を減少させずにアクチベース量を増強した二重形質転換体イネを作出できると考えた。
   ルビスコ遺伝子の高発現にはrbcSプロモーターを、アクチベース遺伝子の高発現にはcabプロモーターを用いることで、それぞれの発現に干渉しないように考慮した。また一般にC4植物はC3植物に比べて、高温環境でルビスコ活性化状態を高く維持できることが知られているが(Yamori et al. 2014)、これはC4植物のアクチベースがC3植物よりも最適温度が高いためだと考えられている。
   そこで本研究では、C4植物であるトウモロコシ由来のアクチベースとC3植物であるイネ由来のルビスコをイネに導入した。作出した形質転換イネから選抜を行い 、ルビスコ量が減少せずアクチベース量が約2倍増加した二重形質転換体イネを複数系統作出することに成功した(図2)。
   次にこれらの二重形質転換体を、温和な環境(25℃)と高温環境(40℃)で栽培し、それぞれの栽培環境下における光合成応答と植物成長を解析した。屋内型人工気象室において播種後10週間目まで成長させた植物個体の最上位成熟葉を用いて、25℃と40℃における光合成速度とルビスコ活性化率を測定した。すると二重形質転換体の光合成速度とルビスコ活性化率は、25℃では野生株と同程度でしたが、40℃では有意に高い値を示した(図3)。
   また個体の地上部乾燥重量を測定したところ、二重形質転換体は野生株に比べて26%増加することが分かった(図4)。この研究成果によって、ルビスコ量を減少させずにアクチベース量を増加させることによって、近未来に予想される温暖化環境において、イネの光合成能力と生産性を向上させることが可能であることが明らかになった(図1)。
   高温耐性品種および新たな栽培技術によって、温暖化に伴って生じる高温や気象変動リスクによる減収および品質低下を回避することができれば、経済効果が約900億円程度に上ると試算されている。今後、近未来に到来する温暖化環境において光合成が抑制されるメカニズムの全貌を解明し、全ての抑制を解除すれば、光合成効率の改善のみならず植物のバイオマス生産量確保のための技術開発につながり、食料増産や地球レベルの大気中CO2濃度の削減にも貢献できると期待される。本研究成果は2021年4月28日付でPlant, Cell & Environment誌に掲載された。
 
<発表雑誌>
雑誌名:Plant, Cell & Environment
論文タイトル:Overexpression of both Rubisco and Rubisco activase rescues rice photosynthesis and biomass under heat stress
著者:Yuchen Qu, Kazuma Sakoda, Hiroshi Fukayama, Eri Kondo, Yuji Suzuki, Amane Makino, Ichiro Terashima, Wataru Yamori*(*責任著者)
DOI番号:10.1111/pce.14051
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pce.14051
 
<添付資料>

図1. 熱安定性の高いアクチベースをイネに導入することによって、高温環境における光合成速度と植物成長の促進に成功 

図2. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの作出 トウモロコシ由来のアクチベースをcabプロモーターで増強し、イネ由来のルビスコをrbcSプロモーターで増強した二重形質転換体を作出した。RCA:アクチベース、Rubisco:ルビスコ。

図3. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの光合成速度とルビスコ活性化率25℃及び40℃における強光下の光合成速度とルビスコ活性化率を測定した。RCA アクチベース、Rubisco ルビスコ。

図4. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの植物成長量25℃及び40℃において75日間栽培した後に、地上部の乾燥重量を解析した。RCA:アクチベース、Rubisco:ルビスコ