2021.05.13(木)

有機質資材と被覆尿素肥料の窒素肥効を

見える化するウェブサイトを公開

化学肥料の使用低減に役立つ(農研機構)

   農研機構と国立環境研究所は、地温などの土壌条件に応じて、家畜ふん堆肥や植物油かすなどの有機質資材と 被覆尿素肥料 1)の窒素肥効を予測するアプリを開発し、日本土壌インベントリーのウェブサイトに公開した。数分の簡単な入力作業により、作物にとって重要な肥料成分である窒素について、有機質資材施用による減肥可能量や被覆尿素肥料の経時的な溶出量を施肥前に予測することができ、適切な施肥設計に活用できる。
   家畜ふん堆肥や植物油かすなどの有機質資材は、土づくりや農地の肥沃度改善にとって不可欠な資材である。また、樹脂などで被覆された被覆尿素肥料は、肥料をゆっくり効かせ、追肥作業を省くのに有効な資材だ。しかし、これらの資材の肥料効果(肥効)は地温などの土壌条件の影響を受けて変動するため予測が難しく、その点が利用上の難点だ。そこで作物にとって最も重要な肥料成分である窒素について、有機質資材や被覆尿素肥料の肥効を予測する計算モデルとアプリを開発した。
   有機質資材の計算モデルでは、資材の分解しやすさの特性値として ADSON 2)(Acid-detergent soluble organic nitrogen; 酸性デタージェント可溶性有機態窒素含量)に着目し、その値と地温や土壌水分の値を用いて、一定期間に資材から放出される無機態窒素量(窒素肥効)を予測する。被覆尿素肥料の場合、狙った時期に窒素を溶出させる必要があるため、窒素の経時的な溶出量を予測する。さらに農家や農業団体による利用のために、利用者が デジタル土壌図 3)上の任意の地点を選択し、有機質資材や被覆尿素肥料の種類、施用の時期、収穫の時期などを入力するだけで、計算モデルに基づき窒素肥効を見える化するアプリを開発して、日本土壌インベントリーのウェブサイト( https://soil-inventory.dc.affrc.go.jp/index.html)に公開した。本アプリは、適切な施肥設計に活用でき、有機質資材の更なる活用や、化学肥料の使用低減につながると期待される。
<関連情報>
予算:運営費交付金
問い合わせ先
研究推進責任者 : 農研機構九州沖縄農業研究センター所長 森田敏
研究担当者 : 同 暖地畜産研究領域 上級研究員 小林創平
      農研機構企画戦略本部 スマート農業事業推進室 スマート農業コーディネーター
      スマート農業コーディネーター 原嘉隆 
広報担当者 : 農研機構九州沖縄農業研究センター 広報チーム長 仲里博幸
 
<詳細情報>
開発の社会的背景と経緯
   環境負荷軽減と循環型農業への関心や、有機農産物に対する消費者ニーズが高まる中で、減化学肥料栽培や有機栽培における有機質資材の有効活用が大きな課題となっている。有機質資材は土壌中で分解して作物が利用可能な無機態窒素を放出(無機化)するが、この現象には地温や土壌水分などの土壌条件や、有機質資材の化学特性(土壌中での分解しやすさ)など複数の要因が関与しており、その推定は容易ではなかった。このため生産現場からは「同じ有機質資材の夏季と冬季の窒素肥効の見積もりが難しい」、「野菜類は少量多品目で、品目•作型に応じた有機質資材の使い方がわからない」といった声があった。そしてこのことは有機質資材を有効に使用する上で制約となっていた。
   また、狙った時期に窒素を溶出させる被覆尿素肥料は、追肥作業を省略できることや、肥効が良いことから肥料使用量の削減にもつながる。しかし、被覆尿素肥料からの窒素の溶出速度(時期と量)は肥料の銘柄や地温によって異なるため、栽培時期や地域ごとの溶出のしかたを把握するには複雑な計算が必要となり、生産者が最適な銘柄を選ぶことは難しいという問題があった。
   そこで、減化学肥料栽培や有機栽培における安定生産、およびその取組の拡大のために、有機質資材については資材の分解しやすさの特性値に注目した窒素無機化モデル、被覆尿素肥料については地温による窒素溶出モデルに基づいて、それぞれの窒素肥効を見える化するアプリを開発して、日本土壌インベントリーのウェブサイトに公開した。
研究の内容•意義
①有機質資材の窒素肥効見える化の自動計算スキームは、 図1のとおり。日本土壌インベントリーのデジタル土壌図上で、有機質資材を施用する地点(農地)を選択し、有機質資材を施用する日、作物を収穫する日を入力すると、 「地温•土壌水分推定モデル」 4)が計算した、その地点における指定された期間中の地温と土壌水分の推定値(日平均値)を入手する。続いて有機質資材の種類ごと(家畜ふん堆肥、植物油かすなどの有機質資材、緑肥が選択可能。それぞれの種類の下にはさらにサブカテゴリーがある)の資材特性値( ADSON 2)の平均値)が、地温と土壌水分データとともに、農研機構と国立環境研究所が共同で開発した 「有機質資材窒素無機化予測モデル」 5)に導入され、有機質資材からの窒素無機化量(無機態窒素量)が算出される。被覆尿素肥料の窒素溶出については、「地温•土壌水分推定モデル」の地温推定値を利用し、溶出時期と溶出量を出力する。
②「有機質資材と被覆尿素肥料の窒素肥効見える化するウェブサイト」へのアクセス方法が、はじめに日本土壌インベントリー( 図2; htttps://soil-inventory.dc.affrc.go.jp/index.html)にアクセスした後、中央にある「土壌管理アプリ集」をクリックする。続いて「有機質資材の肥効見える化アプリ」又は「被覆尿素肥料の窒素溶出量計算アプリ」をクリックする。
③「有機質資材の肥効見える化アプリ」を選択した場合、 図3で紹介する通り、アプリ画面の地図上で、使用する圃場の位置を指定した後、有機質資材の種類、施用量、施用日、収穫日を入力すると、資材由来の無機態窒素量が出力される。 図3の例では植物油かす(なたね油かすなど)を200kg/10aを施用すると、12月1日から2月20日までにおよそ7.8 kg/10aの無機態窒素が生成し、窒素減肥が可能であることを示している。
④「被覆尿素肥料の窒素溶出量計算アプリ」でも、地図上で地点を選択した後、被覆尿素肥料の銘柄、施用量、施用日、収穫日を入力すると、経時的な窒素溶出量を出力する。 図4は熊本市近郊で複数の種類の被覆尿素肥料を施用した時における窒素の積算および日溶出量、また計算に用いた地温推定値を表している。
使用に当たっての注意点
「有機質資材の肥効見える化アプリ」は、下記を念頭に活用ください。
・予測の基となる 土壌培養実験 6)は、畑土壌条件(非湛水条件)で行われたものであるため、水田のような湛水土壌では使用できない。
・開発した「有機質資材窒素無機化予測モデル」は、資材施用から1か月以内および3か月以上の予測精度が劣る現状にある。このため有機質資材を施用してから1~3か月の間を目安に活用ください。引き続き予測精度の向上に努めていく。
・本アプリで使用されている有機質資材の特性値ADSONは、それぞれの資材の代表値(平均値)を用いている。同じ種類の資材であってもADSONの値には幅があるので、予測値と実際の無機化量との間に誤差が生じることにご留意下さい。
・そのほかにも予測値と実際の値との間に誤差を生じさせるような要因がいくつか存在する。 図3中の「使い方」をクリックすると、解説書がダウンロードされ、誤差に関する詳しい説明が記載されている。
今後の予定•期待
   「有機質資材の肥効見える化アプリ」の予測精度の改善とともに、対象とする有機質資材の種類の増加に取り組む。具体的には肥料メーカーで販売している品質が安定した有機質資材を対象として、ADSON値を測定してその実測値に基づく予測精度の高いテーラーメード型サービスを検討していく予定だ。また、有機質資材中のリンやカリなどの肥料成分も化学肥料の代替となることから、窒素以外の成分についても減肥可能量を提示できる機能を持つように改良していく予定だ。
   現在、農林水産省では、食料•農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」の検討を進めている。本戦略では2050年に目指す姿として、農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現や、化学肥料の使用量の30%低減、有機農業の取組面積を25%(100万ha)に拡大等を掲げており、本年5月までに戦略を策定することとしている。有機質資材の更なる活用は本戦略の目指す方向とも合致しており、今回紹介する有機質資材の肥効見える化の技術が、このような政府を挙げての取組の一助になることが期待される。
<用語の解説>
被覆尿素肥料
   特殊加工された膜で覆われ、作物の生育に合わせて窒素の溶出を調節できる肥料。追肥作業に係る労力が削減できる、窒素の作物による利用効率が高まり、環境にやさしいなどの特徴がある。
ADSON
   特殊加工された膜で覆われ、作物の生育に合わせて窒素の溶出を調節できる肥料。追肥作業に係る労力が削減できる窒素の作物による利用効率が高まり、環境にやさしいなどの特徴がある。デジタル土壌図
   農研機構が開発したデジタル化された土壌図。日本全国の土壌の種類や分布がわかる。現在では、都道府県の施肥管理指針とのリンクや地温•土壌水分表示等の機能が追加されている。
地温•土壌水分推定モデル
   気温や降水量などの気象要素から地温と土壌水分の日々の変化を推定するモデル。裸地面を想定した一次元(鉛直方向のみの熱•水移動を考える)の熱•水収支モデルだ。
有機質資材窒素無機化予測モデル
   約30種類の有機質資材を4種類の土壌中で温度(本研究では10、20、30°C)及び土壌水分(最大容水量の45、60、75%)を変えて、1、4、12週間、条件一定の下で培養し、培養期間後に生成した無機態窒素量を実測。この結果を用い地温、土壌水分、有機質資材の特性値などと無機態窒素生成量との関係を定式化して作成した数理モデル。詳しくは 図3の「使い方」をクリックし、解説書をご覧ください。農研機構と国立環境研究所が共同で開発した。
土壌培養実験
   土壌や土壌に施用された有機質資材の無機化量などを測定するための実験。手順としてはバイアル瓶やポリ瓶中に土壌または土壌と有機質資材を加え、所定の地温•土壌水分条件で静置培養を行う。通気性のあるポリエチレンフィルムで瓶の上部を覆い密閉する。所定期間培養した直後、10%塩化カリウム溶液で無機態窒素(硝酸態窒素とアンモニア態窒素)を抽出し、オートアナライザーでそれらを定量する。
参考図