2020.01.16(木)

シート状熱交換器の流水中設置によりヒートポンプの

熱交換効率が大きく向上、土中設置の15倍の高効率

農業用水路がヒートポンプの熱源に(農研機構)

   農研機構は、シート状熱交換器を農業用水路などの流水中に設置すると、土中設置した場合と比べて約15倍効率良く熱を交換できることを明らかにした。本成果を用いれば、農村地域に広く配置されている農業用水路を、ヒートポンプの熱源として有効利用できる。本成果は農業用ハウスの冷暖房で消費するエネルギーの削減や、ランニングコストの削減に役立つとしている。
   農業施設では、空気中や地中などから熱交換して冷暖房や除湿を行い、エネルギー消費とランニングコストを削減する技術として、 ヒートポンプ 1) が導入されている。現在は熱交換器を空気中や土中に設置する方式が主流だが、近年ではより交換効率の良い、水中への設置について研究が進められている。
   農村地域には、ため池や井戸(静水:流速≒0m/min程度)や農業用水路(流水:基幹的農業用水路で最低でも30m/min程度)がある。そこで農研機構は今回、水中設置に適したシート状の熱交換器を用いて、実規模の水理模型で様々な流速や設置方法におけるヒートポンプの熱交換効率の違いを明らかにした。
   その結果、熱交換器を流水中に設置すると、熱交換器周辺の水が常時移動することから、ヒートポンプを冷房運転、暖房運転したどちらの場合でも、土中や静水中に設置した場合に比べて熱を効率良く交換できることがわかった。冷房運転時において、熱交換器を流水中に設置した場合の熱交換効率は、静水中設置の約2.5倍、土中設置の約15倍、従来型の スリンキー式熱交換器 2) を土中設置した場合の約25倍であった。
   本成果により、農村地域に広く配置されている農業用水路を、ヒートポンプの熱源として有効利用できることが示された。本成果は農業用ハウスの冷暖房で消費するエネルギーの削減、ランニングコストの削減に役立つとともに、戸建て住宅、集合住宅、コンビニエンスストアー、商業施設など農業用水路に隣接する熱利用施設での利用も期待される。
   なお、この成果は国立研究開発法人新エネルギー•産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「地中熱•流水熱利用型クローズドシステムの技術開発(平成26~30年度)」の結果得られたものだ。
   問い合わせ先は、研究推進責任者は農研機構農村工学研究部門研究部門長の土居邦弘氏、ジオシステム(株)代表取締役の高杉真司氏。研究担当者は農研機構農村工学研究部門 地域資源工学研究領域の後藤眞氏、広報担当者は農研機構農村工学研究部門渉外チーム長の猪井喜代隆氏である。
 
   この研究の開発の社会的背景と経緯について触れる。農業施設では、空気中や地中などを熱源として、暖房、冷房や除湿が行え、エネルギー消費とランニングコストを削減する技術としてヒートポンプが導入されている。近年、空気中や土中よりも効率良く熱交換が行われる水中に熱交換器を設置する研究が進んできた。
  農村地域にはため池や井戸などよりも速い流水条件が得られ、高い熱利用が期待できる、受益面積が100ha以上の農地に送水している基幹的農業用水路が、約3.3万km敷設されているが、これまで熱交換器を農業用水路内の流水中に設置した事例はない。そこで農業用水路における流水熱利用を図る目的で、農村工学研究部門(つくば市)の実験棟内に農業用水路を模した実規模水理模型(幅1.6m、側壁高1.6m、長さ15m)にシート状熱交換器(高さ0.9m×長さ5.6m、φ6mm細管×117本、 図1 )と実験システム( 図2 )を設置して、流速条件や設置方法の違いによる 熱交換特性 3) を明らかにした。
<研究の内容•意義>
①ヒートポンプを暖房および冷房運転した結果、暖房冷房運転ともに水路内流速の増加に伴って熱通過率が増加した。一方で、熱交換器内を循環させる熱媒の流量が増加すると熱通過率も増加するが、流速ほどの増加はみられなかった( 図3 )。
②流水条件下(水路内流速10m/min、冷房運転時)の熱交換器の熱通過率は、0.255kW/(K•m 2 )で、静水条件下0.100kW/(K•m 2 )の約2.5倍、土中設置0.017kW/(K•m 2 )の約15倍、従来型スリンキー式熱交換器の土中設置0.01kW/(K•m 2 )の約25倍の高い性能が得られることがわかった( 表1 )。
③農業用水路には空き缶、ペットボトル、刈草、ビニール袋など様々なゴミが流下している。そこで、熱交換器を流下物から保護し、かつ撓( たわ) みなく設置するために、熱交換器を網目状の エキスパンドメタル 4) と一体化する施工方法( 図4 )、また上流端のゴミ流入防止用の上流端遮断板( 図5 )を考案した。設置に要する施工費用は熱交換器単体の約1/3程度で、水路管理者でも施工できる。
熱交換器をエキスパンドメタルと一体化 5) し、水路側壁に沿って設置した時、水路と熱交換器の間隔を110mm、一般的な農業用水路の流速条件である24m/min以上で、熱通過率が0.21kW/(K•m 2 )以上が得られた( 図6 )。上流端のゴミ流入防止用の上流端遮断板( 図5 )の有無にかかわらず、同じ熱通過率が得られた( 図6 )。
⑤本熱交換を用いることによって、熱交換器設置のコストは地中に採熱用の穴を掘る方式と比べて約50%削減できる。また、熱交換器を含めた熱利用システム全体の設置コストは約25%削減できる。
<今後の予定•期待>
   農業用水路は農村地域に配置されており、水熱源として広範囲で利用することが期待される。農村地域では都市化混住化の進展で、戸建て住宅、集合住宅、コンビニエンスストアー、商業施設などが隣接している。本技術は農業施設以外の熱利用施設での利用も期待される。本技術の普及に際しては、農業用水路設置で想定される水路内流況への影響、藻類や水草等への対策、維持管理労力、耐久性などの検証が必要と考える。
<用語の解説>
ヒートポンプ
   冷暖房エアコンと同じ原理で作動する空調機。投入する電気エネルギーに対して、3倍以上の熱エネルギーが得られる高効率の機器。

スリンキー式熱交換器
   採放熱管をループ状(スリンキー状)に配した熱交換器で、米国等で用いられている。
熱交換特性
   熱交換器が流水と熱を交換する能力で、流水熱と熱交換器の熱交換量を熱交換器内外温度差で除した熱交換率(kW/K)を算定し、熱交換率を熱交換器の熱交換可能な投影面積で除した熱通過率(kW/(K•m 2 ))で評価する。
エキスパンドメタル

   金属板 を千鳥状に切れ目を入れて広げたメッシュ状の金属板で、フェンス、防止網などに用いられている。
熱交換器をエキスパンドメタルと一体化
   エキスパンドメタルとシート状熱交換器は、結束バンドを用いて一体化している。

<発表論文>
   流水中に設置したシート状熱交換器の熱交換特性と農業用水路への設置方法:後藤眞宏,奥島里美,三木昂史,高杉真司,舘野正之,小間憲彦,木村繁男,小松信義,農研機構研究報告 農村工学研究部門No.3(2019),pp.29-42
 
参考図

図1 シート状熱交換器

図2 実験システム

図3 水路流速および熱媒流量と熱通過率の関係(冷房運転)


表1 設置方法の違いによる熱通過率の比較(冷房運転)

図4 エキスパンドメタルと一体化して水路側壁に設置した状況 図5

図5 上流端に遮断板を設置した状況

図6 熱交換器と水路側壁との設置間隔と熱通過率の関係(冷房運転時)